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サスペンションの基礎知識
バネの特性
まず初めに頭に叩き込んでいただきたい大原則があります。
それは「サスペンションはバネである」という至極基本的な部分です。減衰力(オイルダンパー)はバネの動きを制御しているにすぎません。なのでサスペンションのセッティングは基本的にバネの調整となります。
ここでバネ(コイルスプリング)の特性を簡単に説明しましょう。
バネ単体を床に転がして壁にぴったり付けた、としましょう。(fig.01) このバネに力を加えると縮みます。そしてバネがぴったりと縮み切ったところでばねの縮みは止まります(fig.02)。
この動きをグラフにするとこんな感じ。横軸が力、縦軸がストローク、そしてこのグラフの角度がバネ定数となります(fig.03)。
ではプリロードって何だ? というと、「プリ(前もって)ロード(荷重する)」なんで、こういう状態です。
見づらいのでグラフだけにしたものがこちら。(fig.05)
これを見ればわかるんですがプリロードってバネのストロークのスタート位置を変えてるだけ(スライドしているだけ)なのでバネ定数は変わりません。
プリロードをかけてもバネは固くならない、とはこういうことです。
バネが固くなるってのは傾きが変わることです。同じ力をかけても半分しか縮まない固いバネはグラフの傾きが半分になります(fig.06)。
このバネをサスペンションとして組みつけ、バネの有効ストロークの1/2くらいをサスペンションのストローク(水色部分)として使ったとします。
サスペンションがフルボトムしたときバネのストロークは1/2くらいしか使ってない状態です(fig.07)。
で、これにプリロードかけるとどうなるかというと、「かさ上げされる」んです。プリロードをかけると「バネの強い部分」を使うことになるんです(fig.08、09)。
換言するならプリロードによってより大きな負荷に耐えられるようになるんです。ゆえにプリロードはサスペンションの動き始め(始点)と耐荷重(終点)の両方に作用するんです。
これにより見かけ上「バネが固くなった」ように感じられますが、実はバネが本来持つ強い部分を使っているにすぎません。
ここで最初の話に戻るんですが、サスペンションの基本はバネです。
で、バネとは何をコントロールしているか、というと「車高」を司っています。力をかけた時どこまで沈むか、というのはバネレートで決まるからです。
バネレートはメーカーがテストを重ねて決めちゃっているのでこれを変えるのはバネ交換しかありません。
よってユーザーは体重や乗り方、使い方で「バネを使う場所」を変えるわけです。
これがプリロードなのです。
だから例えばバネがヘタっちゃったらプリロードで元に戻るか? という疑問に対しては「バネがヘタっちゃうとレートそのものが下がっちゃうので元には戻りません」という事になります。
さてここまで基本的な話をしてきましたが、もう一つ厄介な問題が残っています。
「サスペンションは金属バネだけでは成立しない」んです。
サスペンションにはバネの動きを規制するためにオイルが入っているんですが、サスペンションが沈むとオイルを押しのけてインナーロッドが入ってくるんです。
Fフォークが動作した場合
Rショックが動作した場合
ということは?
押しのけたオイルの分だけ「空気バネ」が効いてしまうんです。これが実に大きい。(fig.10,11)
特にFフォークはオイルが溜まっている下部がスライドしてくるので空気バネの圧縮量がRショックより格段に大きくなります。
そして空気というのは立体であり、縦、横、高さでそれぞれ効きます。つまり空気バネのスプリングレートは三乗に比例する曲線になります。(fig.12)
沈めば沈むほど「空気バネ」によって急激にバネが固くなるのです。
さてここで前章の「サスペンションセッティングのゴール地点」を思い出していただきたいのですが、良いサスペンションは直進状態で小さな凹凸を柔らかく吸収しながら、大入力に耐えることが望ましいわけです。この特性を「プログレッシブ(漸進的)」といいます。沈めば沈むほど二次曲線的に固くなる特性の事で、この「空気バネ」の存在は実は好ましい構造であると言えます。
ただし一つだけ問題があって空気というのは温度や気圧の影響を受けやすく、外気温が上がってしまったり、高所に登って周囲の気圧が下がってしまうと密閉されたサスペンション内圧が上がってしまう。当然より強い反発を受けます。
そのため一部のレーシングサスペンションでは空気を窒素ガスなどに置換して動作の安定を図る製品があります。
サスペンションセッティングの実践
走り出す前に
まず実際に走り出す前に実践していただきたいことがあります。
これからタイヤの空気圧や銘柄を揃える、という事です。そこがばらけてしまうとサスペンションの評価ができません。(本当なら走る場所や温度・湿度も揃えたいところです)
単車の整備がきちんと行われていることは言わずもがな。
チェーンの張りやステム、ピボットの整備状態でハンドリングは変わってしまうため、前提条件を揃えることは必須要項です。純正指定セッティングはその一つの指標となるでしょう。
さて、バネレートはメーカーが決めてしまっているという事はお話しました。
なのでユーザーが出来る事はプリロードを決めることになります。
これはスプリングの「どの部分」を使うかを決める大事なことです。
プリロードを変更するとまず何が変わるか? と申しますと、「車高が変わる」のです。
プリロードを掛けることで耐荷重が上がっていくためです。
簡単な例を挙げましょう。
1kg・mmのバネレートで自由長1mのバネがあったとします。このバネは1kgの荷重をかけると1mm縮みます。全屈するとバネの長さが50cmになったとしたらストロークは50cm(500mm)。という事はこのバネが耐えられる最大荷重は500kgですね。それ以上の荷重をかけるとバネは単なる金属の筒になるのでバネになりません。
このバネをストローク20cmのサスペンションに取り付けます。
サスペンションの有効ストロークが200mmなのでそのままでは200kgまでしか耐えることができません。(バネ自体はあと300kg耐えられるのですが)
ここでプリロードを10mmかけてみます。
そうするとサスペンションの沈み始めるのに10kg必要になります。10kg掛けないとサスペンションが沈みません。その代わり最大荷重が210kgになる、というわけです。
そしてプリロードを掛ける前に比べて掛けたあとは10mm(10kg)だけ車高が上がるわけです。(もちろんストロークが伸び切ったらそれ以上伸びることはありませんが)
スプリングプリロードを掛けることで耐荷重は上がるのですが、これによってスプリングは強くなったか? と問えば答えは「No」です。
人間の体感というのはちょっとした事でだまされてしまうもので、「車高が上がったことによってストロークが増え、ポヨンポヨンと作動に時間を食ってしまうと逆に柔らかく感じられるようになる」のです。
ではプリロードを掛ければスプリングは柔らかくなるのか? と問えばこれもまた「No」です。
先ほどの例を引けば10mmプリロードを掛けた1kg・mmのバネは初期作動に10kg必要です。
動かないスプリングで細かい衝撃を吸収できずポンポンと跳ねて「足が動かない」と感じる事に。
ではプリロードは何のために掛けるのか? それは足を固くするためではなく、あくまで車高を確保するためです。車高(姿勢)を調整することがプリロードの目的のすべてであると言って過言ではないでしょう。
そして最も基本となる初期姿勢を「サグ(sag:たわみ、へこみの意)」といい、この姿勢を最初に決めてしまう行為を「サグ出し」などと呼びます。
サグには次の3つの段階があります。
0G:サスペンションに全く負荷のかかっていない状態。車体を吊り上げ、サスペンションが完全に伸び切った状態を0Gといいます。
1G:車体を吊り上げず、サイドスタンドなどを使わず車体だけを垂直に立てたときの沈み込みを1G(または空車1G)といいます。
乗車1G:ライダーが装備を付けた走行状態でステップに足を乗せた時の姿勢を乗車1Gとよびます。
0G時の乗車インナーチューブ(サスペンションロッド)の可動範囲からフルストローク距離を予測し、乗車1G時のストロークを測ります。(この作業はライダーのほか、支える人と計測する人の3名で行うのが良いでしょう)
乗車1G時にフルストロークのおおよそ1/3沈んでいればひとまずは走れる状態であると言えましょう。
この時車体前後が平行にバランスよく沈み込むようにフロントフォークとリアサスペンションのプリロードを調整します。
これで走行準備が整いました。